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薬師寺東京別院執事の法話

Photo  「もうひとつの薬師寺展」の時に執事から大変興味のある法話を聞いた。仏教の教えに疎いため、執事の真意が受け止められたかわからないが、自分なりに受けとめたことを羅列した。
お参りの時のお辞儀は「仏様」、「仏様の弟子」、「教授してくれる人」に感謝するために3回するのが正しい。
経本を開くときは一折か二折(肩の幅)の幅にする。
経本を読む時はツバが経本にかからないように目の高さにする。背筋が伸びて、声がよく出る効果もある。
「経(けい)」という字は地球儀の南北を結ぶ線のように「たていと」を示す。物事の道理を示す。経典には人が楽になるための道理が書いてある。
経典には人間が悩む要因として「欲」、「怒り」、「無智」があると書いてある。
「度(ど)」という字は「ものさし」を示す。このものさしは人により幅の広い人、狭い人、たとえば尺、センチ、インチのように基準がことなるなどしているので、争いごとが生じる。自分の尺度にこだわることなく、幅の広い尺度すなわち相手の人を認めることが出来れば自分が悩むこともなく幸せになる。自分を知ることが大事である。
「静思」すなわち自分を悩ます「欲」、「怒り」を静めるための手段として「座禅」、「念仏」、「写経」の三つがある。薬師寺の前の高田管主は「写経」を推進してきた。写経は自分を知るために大変良い。

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コメント

私は仏教に大変興味を持っている。だが、怒りを捨てろと諭すが、今必要なのは広い心の怒り、世の中をよくするための怒りがが必要であると思います。自分だけ幸せになろうとしても幸せになれない。世のため、人のために怒りの心とそれを行動に表し、悪や不正を正すことが必要なのではないか。心の平和のために、悪や不正を知っても、知らないふりをして生きることが本当に幸せだろうか。自分の持てるものを最大限に活かし世の役に立つことこそ仏の道と思う。悟れず地獄に行くならそれも結構である。

投稿: ぷちたん | 2011年10月17日 (月) 10時17分

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