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映画「告白」を観て

Photo_2 平成22年6月6日(日)9:45からワーナーマイカル浦和美園で上映されている「松 たか子」主演の「告白」を観た。
昨日封切りされたばかりであること、日曜日の朝であったことから観客は30名位と少なかった。中高生らしき人が7~8名いたが中学1年生にからんだ物語であるせいかも知れないと思った。
シングルマザーである教師(松 たか子)が「命」をテーマに生徒たちに告白するシーンから始まった。告白の内容は自分の幼い女の子がこのクラスの男子生徒2人(AとB)に殺されたので復讐としてHIV患者である夫の血を牛乳に入れ飲ませたというものだった。
告白後の同級生によるインターネットや貼り紙などでの少年AとBに対する嫌がらせ、A少年の母親の愛への飢えと反対にB少年の母親の過剰なまでの干渉に対する嫌悪感、幼い少女殺害の過程と協力者の立場のB少年が殺人の主犯となってしまうこと、後任の男性教師の少年Bに対する自己満足的な干渉、女教師の計算しつくされた復讐策などが表現されていた。
見終わった直後にはこの映画は「サスペンス」なのか「社会の問題提起」なのかどちらなのだろうと思った。
後ろの席の中高生らしき人たちが「何が面白いんだろう」と言っていたのが聞こえた。おそらく彼らも困惑していたのではないだろうか。
学級崩壊などという言葉がない時代に中学生活を過ごした者にとっては、映画でのクラスの様子は信じ難かった。本当にこのような状態なのか、それともフイクションとして誇張されているのか。前者であれば今後の日本にとって由々しきことだ(似たような状況であれば、子供手当を支給するよりも青少年健全育成の方に金を回すべきだろう)。
インターネットによる中傷により家庭が崩壊してしまう恐ろしさ、これは今後起こりうることだと思った(すでに兆しは起こっているが)。節度ある表現の自由のためにある程度の法的規制が必要だと思った。
少年Aにしろ少年Bにしろ母親の自分たちに対する対応に反抗して問題を引き起こしている。母と子の関係がいびつになっている結果である。子供たちは短絡的行動に走りいとも簡単に人を殺してしまう(最近、子供が親を殺す事件が多いように思う)。恐ろしいことだ。
この映画では少年法により少年の殺人が保護されることが子供が簡単に人を殺してしまう要因となっていると言っているが、自分は家族間の意思の疎通の崩壊が原因だと思う。
また、「命」の重い、軽いの議論もあるが、やっぱり「命」は重いものだ。殺された人の家族の心情は十分に理解できるが、復讐を行うのはやり過ぎだと思う。
裁判員制度での裁判員になった場合には心すべきことだと思った。
上記のようなことを考えるきっかけになったので、この映画は「社会問題提起」の映画なのだろうと自分なりに結論付けた。

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