カテゴリー「心と体」の記事

大腸内視鏡検査体験記

平成22年11月末に「大腸がん」の簡易検査を行ったら2日間の検便の中、1日目の検便に潜血があった。かかりつけの主治医から「病院あての紹介状を書きましょうか」と聞かれた。
主治医は「大腸がんの検査はきついけどね」と言ったが、母親をはじめ母方の叔父さん達が「がん」で亡くなっているので紹介状をお願いした。
潜血のほかに便が細くなったような気がしたり、下痢になったりしていたので、ひょっとすると「大腸がん」に罹ったかなと思ったりした。
12月10日(金)に紹介状を持って病院の内科の先生と面談した。
先生から「大腸がん」の検査方法には
①バリュウムをお尻から注入してレントゲン撮影を行う方法、
②内視鏡をお尻から入れて腸の中を目視する方法
とがあることや夫々の方法の利点、欠点の説明があった。
医師の目で直に確認してもらった方が良いと思ったこと、胃の検査でバリウムを飲んだ後で排便に苦労した経験があったので内視鏡の方法を選択した。
検査日が12月27日(月)の午後2時30分に決まり、看護師から当日までの注意事項と下剤「マグコロールP50g」の飲み方の説明があった。
感染症の検査のために採血を行い、受付で診察料を支払い、下剤「マグコロールP50g」を受け取って帰宅した。
12月26日(日)の午後7時までに食事を済ませ、午後8時に下剤「マグコロールP50g」を150mlの水に溶かして飲んだ。飲みにくい味ではなかった。
下剤を飲んだ後、12月27日の午前8時30分に病院の「内視鏡センター」に着くまでに5回位トイレに行った。
腸の中にあった食物が水のようになって出た。
午前8時40分頃に看護師から腸を洗い流す「ニフレック」の飲み方の説明があった。
液体にした「ニフレック」2lをコップに1回250ml入れ、15分かけてゆっくり飲むようにとのことだった。
つまりコップの250mlの薬を8回、約2時間かけて飲むようにとのことだった。
9時頃から飲み始めた。スポーツドリンクのような味であった。
1回目の250mlを飲み終わった時に初めてトイレに行った。
当日、内視鏡検査を受ける人は7名で、そのうち、1名は自宅で飲むために帰宅したので、6名が病院で飲んだが、自分が最初のトイレ行きだった。
黄色の液体にまだ食物が残っていた。
午前11時過ぎに2lを飲み終わったが、それまで12~13回、トイレに行った。
他の人に比べトイレに行った回数が3回~4回多かった。
「ひょっとすると大腸がんに罹っているいるからトイレの回数が多いのかな」と考えながら「ニフレック」を飲んでいた。
排泄は当初黄色の液体だったが最後には透明に変わっていた。
午後1時に問診票が配られた。
高血圧、糖尿病、前立腺肥大、緑内障、心臓病などの病気が無いか、麻酔アレルギーが無いか、現在の排泄の色などが問われていたので、高血圧の薬を飲んでいること、排泄は透明になっていることのみチェックして提出した。
午後1時30分に最初に検査を受ける人2名が検査に向かった。
検査時間がどの位か気になっていたが約20分位で検査室から出て来た。
検査開始から自分の予約時間までにトイレに3回~4回行った。
従って、「ニフレック」を飲み始めてから検査のために呼ばれるまで15回~17回トイレに行ったことになる。
看護師からトイレの排泄状況を聞かれたので「透明の液体です」と答えたら、その状態であれば検査に入れると言われた。
次に下半身はパンツ、靴下などを脱いで、後ろが開いているパンツを佩き、上半身はシャツの上から検査用上着を着るように説明があった。
スリッパを履き検査室に入ると、氏名の確認、血圧測定、問診票にあった高血圧や糖尿病や前立腺肥大などの病気が無いか、麻酔アレルギーが無いかなどを再度聞かれた。
問診票通りに答えるとベットの上に横たわるように指示された。
その後、大腸の動きを止めるための注射を打たれた。
医師が名前を呼び、「内視鏡検査は初めてですか」とリラックスするように話しかけてくれた。「お尻を消毒します」と言って、穴の部分を何かで拭った。
「始めますよ」と言って内視鏡を入れ始めた。
すぐに「腸が奇麗になっています」と言った。
「昨日、下剤を飲んでから検査に入るまでに20回強もトイレに行ったので、腸も奇麗になっているのだ」と考えていた。
「空気で腸を膨らませますので、おならが出たい時には遠慮なく出して下さい。腸には何もないですから何も出ませんから」と言って空気が吹き込まれた。
右腹の盲腸の所が痛かったので、その旨言ったら「そうでしょね」とつれない返事だったが、医師がこの状況を認識していることを知って安心した。
更に空気を入れられると胃の部分やお腹全体がひどく痛くなった。
この状態が主治医が「検査がきつい」と言っていたことだなと思いだし歯を食いしばって我慢した。
検査時間が他の人より長く感じ、「もしやがんがあるために検査に時間がかかっているのかな」と思ったりしていた(終了後に時計を見たら他の人と大差なかった)。
「終わりました」と言って医師は隣の部屋に向かった(検査の所見を言ってくれたが個人情報につき省略。正式所見は後日、内科医からある)。
看護師がお尻を吹いた後に検査後の注意事項を書いた紙をくれた。
着替え後、受付で検査料を支払ったが、お腹がはって痛んでいたので、車で迎えにきてもらった。
午後4時前に自宅についたが、まだ痛みが残っていた。
貰った紙に「トイレに行ったり、右側を下に横になったり、腹ばいになったりして空気を出すと楽になります」と書いてあったので、右側を下に横になったらガスが何回も出て来た。
その後もガスが出続け、徐々に楽になって行った。
検査中に右わき腹がひどく痛くなったが、右側を下に横になってガスを出すと楽になったこととどんな関係があるのだろうか。
「お腹の状態が落ち着いてたら食事は普通に摂っても構いません」と書いてあったが、食べる気になったのは検査終了後、約2時間30分後だった。
なお、内視鏡センターにはウオッシュレットトイレが3ケ所あったが、6名だったので他の人の様子を見ながら入らなければならなかった。
次回の時には、自宅で「ニフレック」を飲んだ方が良いと思った。

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がん検診体験記

Petct 12月22日(月)に某総合病院でがん検診を受けた。検診内容はPET/CT(左の写真)、MRI検査、超音波検査、血液検査・生化学検査、便潜血検査、腫痬マーカー、ピロリ菌検査のスタンダードコースとオプションのペプシノゲン、喀痰検査を受けた。料金は年金生活者にとってはきつかったが、がんの家系を考えて思い切って受診した。
PET/CTとはPositron Emission Tomography(陽電子放射断層写真)という検査方式で、がん細胞がブドウ糖を摂取する性質を利用してがん細胞を画像化するとのこと。
MRIとはMagnetic Resonance Imaging(磁気共鳴像)という検査方式で、磁場と電波を使って体内を画像化するとのこと。
超音波検査とは高周波数の音を体内にあてその反射を画像化して検査するとのこと。
事前準備として痰(3日前)と便(2日前)のサンプル収集を行った。
当日の朝食は検査開始時間の5時間前までに通常の半分位にし、糖分を含む食物は控えた(PET/CTの検査のため)。
受付、問診と検査手順の説明、検査着に着替えた後、休憩室に案内された。4人分の仕切りの中にリクライニング椅子がありリラックス出来るようになっていた。静養するために会話や読書などはしないように言われた。
まず超音波検査により腹部の検査を30分弱で受けた。今までも人間ドックで受けたことがあるのでリラックスして受診できた。休憩室に戻り休んだ。
次にMRI検査が行われた。税関での金属探知器のような検査を済ませ、頭にキャップを被り、耳に耳栓をして検査台に仰向けに寝た。装置の外観はPET/CT装置(上の写真)のように大きな空洞があった。画像の精度を上げるために動かないようにとの注意があった。検査が始まると工事現場のような大きな音が聞こえてきた。目には覆いが被されていたが薄明かりを通して大きな空洞の中に入ってきたようだった。音が大きかったが音の質とリズムが変わるので、その音を楽しむ意識で監査を受けた。検査時間は30分弱だと思うが、動かないということが意識されていたので、つばが喉にたまりどうしょうかと迷った。途中で飲み込んだが、再検査の指摘がなかったので、大丈夫だった。休憩室に戻りながら看護師になぜ大きな音が出るのかと聞いたら、磁気を発生させるために音がするらしいとのことだった。
三番目に血液検査とPET/CTの検査薬の注射を受けた。その場で糖度の検査があり丁度良い値と言われほっとした。休憩室に戻り、検査薬が体内に巡るように約1時間休んだ。トイレを済ましてからPET/CT検査室に入るように電話があった。
いよいよ四番目のPET/CT検査が始まった。ここでも動かないようにとの事前注意があった。この装置は音が静かで目を開けると体が大きな空洞に入るのが確認できた。30分弱の検査だったと思うが、うとうとしながら検査を受けることが出来た。終了後、再度検査が必要な場合もあるので休憩室で休んでいるようにとの話があった。
30分弱に電話がありトイレを済まし再度PET/CT検査室に来るようにとの指示があった。どこか異常があったのかなとちょっと不安になり部屋に入ると、安心させるためか、糖分が健康なところにも溜まる性質があるので、健康であることを証明するために再度画像を撮るのだとの説明があった。この言葉を聞いてほっとしリラックスして受診できた。
受付から終了まで約4時間30分の検査だった。結果は1週間後に郵送されてくる。何もなく安心できることを願っている。

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薬師寺東京別院執事の法話ーその2

11月24日に「薬師寺東京別院 宝物特別公開」に行った時に、執事から法話を聞いた。
この執事からの法話を聞くのは4月以来2度目である(1回目 http://macsan.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_744.html 参照)。

法話の大意:仏教用語に「愚鈍身歓宿縁」という言葉がある。「ぐどん なる み なれど やどっている えん を よろこぶ」と読むのだそうだ。
現代では「縁」の読み方として「えん」、「ゆかり」、「ふち」、「えにし」があるが、奈良時代には「ことのはじめ」と読んでいた。
「縁」を開ける(何かを解決するために踏み出す)ためには「覚悟」が必要である。「覚悟」とは自分の心が解ることである。
お経には「覚悟」という言葉はあるが、「本気」とか「決心」という言葉はない。「本気」の「気」は「気変わり」するし、「決心」の「心」は「心変わり」するが、「覚悟」の「悟」は変わらない。
従って、「愚鈍身歓宿縁」という言葉の大意(私見)は「自分はちっぽけな人間だが、自分で覚悟して踏み出す力を持っていることに感謝する」と言ったところかな。
覚悟を持って踏み出すことを仏教用語では「勤行」と言うのだそうだ。
また、「運命」と言う言葉があるが、「命」を「運」ぶ自分が覚悟をして行えば良い結果になる。
仏教用語に「静思(じょうし)」と言う言葉がある。この意味は「損得を側に置いて、物を良く見て、人の話を良く聞く」ことだそうだ。そうすることにより「節度」(くぎり)を持って自分の「度(物差し)」を高めることが出来る。
大人と子供の違いは後悔の量である。
「後悔」や「迷い」をせずに過ごすためには「自分がどんな生き方をするか」覚悟することである。
なお、「迷い」とは十字路の交差点でどっちに行ったら良いかと決めかねている状態とのこと。
「宗教」の「宗」は「心の背骨」という意味だそうだ。従って、「宗教」の大意(私見)は「人生を生きていく時の真理または道理の根幹をなすもの」と言ったところなのかな。

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薬師寺東京別院執事の法話

Photo  「もうひとつの薬師寺展」の時に執事から大変興味のある法話を聞いた。仏教の教えに疎いため、執事の真意が受け止められたかわからないが、自分なりに受けとめたことを羅列した。
お参りの時のお辞儀は「仏様」、「仏様の弟子」、「教授してくれる人」に感謝するために3回するのが正しい。
経本を開くときは一折か二折(肩の幅)の幅にする。
経本を読む時はツバが経本にかからないように目の高さにする。背筋が伸びて、声がよく出る効果もある。
「経(けい)」という字は地球儀の南北を結ぶ線のように「たていと」を示す。物事の道理を示す。経典には人が楽になるための道理が書いてある。
経典には人間が悩む要因として「欲」、「怒り」、「無智」があると書いてある。
「度(ど)」という字は「ものさし」を示す。このものさしは人により幅の広い人、狭い人、たとえば尺、センチ、インチのように基準がことなるなどしているので、争いごとが生じる。自分の尺度にこだわることなく、幅の広い尺度すなわち相手の人を認めることが出来れば自分が悩むこともなく幸せになる。自分を知ることが大事である。
「静思」すなわち自分を悩ます「欲」、「怒り」を静めるための手段として「座禅」、「念仏」、「写経」の三つがある。薬師寺の前の高田管主は「写経」を推進してきた。写経は自分を知るために大変良い。

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もうひとつの薬師寺展

4月28日に薬師寺東京別院で開催されている「もうひとつの薬師寺展」に行ってきた。2階の写経室を改造し十一面観世音菩薩3体(奈良、平安、平安)、文殊菩薩坐像(奈良)、毘沙門天立像(南北朝)、弥勒菩薩坐像(鎌倉)、吉祥天立像(平安)、地蔵菩薩立像(鎌倉)、釈迦三尊十六善神図(鎌倉)、薬師曼荼羅図(鎌倉)、二河白道図(鎌倉)などが展示されていた。

博物館の展示と比べ近づいて見られること、執事の解説があること、ゆくりと見られることが良かった。

著作権の関係で写真が載せられないので、実物を見ていただく(6月8日まで開催)として気がついたことを記す。

頭上に十一面観音が残っている平安時代の像は薬師寺の月光菩薩と同じ向きに上半身をくねらせている。右足を踏み出して衆生を救おうとしている仕草に見えた。

地蔵菩薩も上半身をやや前かがみにしていて同じような仕草に見えた。

吉祥天は太めで微笑みをたたえた顔が愛くるしく思わず頬がゆるんでしまった。

奈良時代の文殊菩薩にはところどころに金箔のあとが残っていた。当時の金箔におおわれた像はさぞかし神々しかったであろう。

執事から聞いた二河白道図の説明は大変面白かった。人間には欲と憎しみがあり、現世と彼岸の間には欲を示す水色の川と憎しみを示す赤い川とがつながり、そのつながり部分に細い白い道がる。信仰心の強い人はその道を渡り阿弥陀様のいる彼岸に行けるという図とのこと。今の私は到底浄土には行けず、細い道を踏み外しどちらかの川で溺れるであろうと思った。

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